脱ステ前後、克服後の写真を公開!アトピー、中度難聴、不妊治療後に思うこと。水オタクな私~湯治のこと。見合いサイトで30人目に夫をゲット。自作の樹脂粘土アクセサリー掲載(テレビ雑誌で採用経験有)。ハムスター、オカヤドカリ
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ハムハムぼうやの一周忌に寄せて
2008年02月21日 (木) | 編集 |
ハムハムぼうやが死んでから今日でちょうど一年です。
この写真は死ぬ前日のハムハムぼうやの写真。
もうすでにこの時調子が悪かったのだと思う…
もっと早く気がついてあげられれば…。

ワタが爪にひっかからないように、グレーの靴下にワタをつめて
義母が作ってくれた寝床(白や黒のは布切れ)です。
            ↓
P1000516.jpg

私の過失についてはまた書きたいと思うけれど、
この写真を見るだけでも
胸がぎゅーっと締めつけられるようなキモチになって
うるうるしてしまう私。まだまだしんどい…。

下の文章はハムハムぼうやが死んでしまった時に書いたもの。
(長くなるから分けようと思ったけどそのまま載せることにします)
読みなおしたらその時の情景がよみがえってきて
やっぱり泣けてしまった…

「千の風になって」はちょうど私が苦しんでいる時に
流行りだして…あれからずいぶん売れて有名になりましたね。
きっと私のように「死」という喪失感に苦しむ人が
たくさんいたってことなんでしょう。

このことがきっかけで私は不妊治療を始めました。
ハムハムぼうやの喪失感から逃れるために…。

☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆゚・*:.。.☆゚・*:.。.☆.。.:*・゚
嫌な予感がしてケージをのぞいた時にはもう遅かった。
ドキドキしてハムハムぼうやを手に取ると
まだあたたかみもあるように感じられた。
その柔らかさでまだ息をひきとって間もないことがわかる。

つぶらな目はうっすらと開いたままで、
今にも動きだしそうなのにぴくりともしなかった。

何をしたって、もうハムハムぼうやは
ずーっとずーっと生き返ることはないのだ。

すごくすごく死んだ状態…とてつもない喪失感。

目が溶けてしまうほど泣いたのに涙は涸れない。

私の過失で苦しんで死んだハムハムぼうや。
もうそろそろ寿命だったとはいえ、
もし私がちゃんと気をつけてあげられていたら、
あと半年は生きられたかもしれない。

死んだ時の苦しそうな顔ばかりが浮かんできて、
生きていた頃のかわいい姿が思い出せず、気が狂いそうになった。
自分を責めて責めて責め抜いて…何日も寝られない日が続いた。

マンションなので、私の実家にハムハムぼうやを埋めにいった。
死に顔に悩まされていた私はもう二度と見ないと決めていたのに、
ハムハムぼうやの顔に目が吸いつけられてしまった。

私の危惧とは裏腹に、とても安らかな顔をしていた。
まだ死後硬直が始まる前に、
開いていた目を閉じておいたからだろう。
すやすやと眠っているかのようで、私は思わず抱き上げた。

涙がぼとぼと土の上に落ちた(鼻水もダラダラ…)。
生きている時と同じ、なめらかな気持ちのよい毛並みのままだった。

生きていた頃はずっとなでていると噛まれてしまったのだが、
その日のハムハムぼうやはどこまでもおとなしかった。
だからいつまでもずっとずっとナデナデしていたかった。
でも、皆がいるからそれもかなわず…。

色とりどりのワタが家にあったので、
キレイだから入れてあげようとしたら
「ワタで指を折ったんだからやめときな」とダンナが。
ダンナは見ていないようでちゃんと見ている人なのだ。
(死ぬ一ヶ月前に爪が伸びすぎてワタにひっかかって
 指が折れたので、動物病院で爪を切ってもらった)

ハムハムぼうやをお墓に埋めた後で、
「ひまわりのタネは入れた?」とダンナから聞かれて、
「ちゃんと好物を入れてあげたんだろうね!?」
という意味だと思ったら、ひまわりのタネが発芽するんじゃないかと。

うーん、変な心配してるんだから…。
でもそれはそれで…ひまわりの花が咲いたら
ハムハムぼうやの生まれ変わりのようで愛しく思えるかもしれない。

☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆゚・*:.。.☆゚・*:.。.☆.。.:*・゚
『ハムハムぼうやの死に寄せて』

最近友達のお父さんが相次いで亡くなり、
自分もそういう年なのだと実感していたが、
それがどういった感情なのかがわからないから想像すらできなかった。

私の身近に、「死」というものがなかったから。
もちろんペットと人の死を同等に語ることはできないけれど、
「死」について初めて真剣に考えてしまった。

命ある限りいつか死ぬ。
命あるものといっしょにいる時、その先にあるのは「死」だ。
その覚悟はいつもつきまとう。

命あるものを飼っている以上、いつか自分の手で最期を看取ること。
それは逃れられない宿命だ。
その責任を果たせないのなら飼うべきではない。

ハムハムぼうやが私のところにやってきたその瞬間から、
いつか絶対に訪れるとわかっていたことなのだから
(私が先に死ぬのでない限り)。

死というものは不思議なもので、生きている間はそうでもないのに、
死んでしまった途端にそのモノに四六時中休みなくとらわれてしまう。

もうこんな思いはたくさんだ。
自分が生を終えるまでに、あといくつの死に立ちあうのだろうか!?

☆.。.:*・゚
一つだけ気づけてよかったことがある。
もう死んでしまったものは戻らないけれど、
今、この瞬間に命あるものを大切にしなければ…ということだ。

「あーしてやればよかった」
「こーしてやればよかった」
後で悔やまないように、父と母を大切にしよう。
それとダンナも。

今、当たり前のように私の隣にいるダンナが
この世から消えてしまったら、
きっとハムハムぼうや以上に苦しむのに違いない。
でもその苦しみ、哀しみは深すぎて考えも及ばない。

「私の方が先に死ぬからね」
「順番から言えば僕だってば」
ダンナと互いに言いあった。

☆.。.:*・゚
だったらハムハムぼうやを飼わない方がよかったのか!?

そんなことはない。
ハムハムぼうやを飼わなければ、
悲しみを経験することもなかったけれど、
喜びにも出会えなかったのだから。

ハムハムぼうやをナデナデしていると、
ふわふわのぬくぬくでものすごーく気持ちよくて、
胸の中がほんわかしたモノで満たされていくのを感じた。

ダンナの転職活動で精神的にまいっていた時に
ハムハムぼうやから癒しをもらい、救われた。

私達にとってハムハムぼうやは心の拠り所であり、
ひだまりのような存在だった。
来る日も来る日も応募した会社から落とされ続け、
将来の展望が開けないことに時折絶望し…
そんな暗澹たる空気の中で、
ダンナとハムハムぼうやのことを話す時だけが
温かなひとコマだったのだ。

☆.。.:*・
私の家ではその時々で
自作の歌(「ハムちはかわいい男の子~」)や
踊り(「おなかがペコリンペコリンだ~」のダンス)が
流行ったりする(たいてい、歌は私で踊りはダンナ)。

動物病院の診察券に「○○ハムち」(○○はきららんの苗字)
と書かれたことから流行りだしたものがあった。
「○○ハムちちゃーん」とダンナが呼び、
私がハムハムぼうやの代わりに「はぁーい」と
かわいく答えるというもの(…くだらなくてスミマセン)。

ダンナは思い出したように時々「○○ハムちちゃーん」と
呼ぶのだけれど「はぁーい」と答えたいのに
涙がこみあげてきて返事にならなかった。
いつか笑って答えられる日がくるといい…。
(<注>正式名称はハムハムぼうや、呼び名はハムち)

☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚
ハムハムぼうやを埋めたその日の中日新聞に、
「千の風になって」の歌のことが書かれていた。

紅白で有名になったらしいが、私は(ダンナも)全然知らなくて、
ハムハムぼうやが死んで初めてその歌の存在を知った。

世間では流行っていたようなので、
きっと今まで何度となく自分の目の前を通り過ぎたに違いないけれど、
関心がないから知らぬままきてしまったのだろう。

ハムハムぼうやのお墓の前でおいおい泣いたちょうどその日に
「私のお墓の前で泣かないでください」
という歌詞を読んで、
ハムハムぼうやが私にそう言っているように思えて、
また涙がボロボロ…。

身近なものが亡くなった悲しみ、
その痛みを知っている人に響いてくる歌。
今、この歌を聴いて泣かずにいられない自分がいる…。

ハムハムぼうやが死んでから、
「死」というものについての記事や情報にすごく敏感になった。
どうしようもなく目に止まる。

次の日は新聞に「ペットロス」の記事が載っていた。
耳にしたことはあったけど、
こういうのがペットロスっていうんだなあ…。

ちょうどその頃テレビで「星の王子様」の特集をやっていた。
つらい時にこの本を読むと救われるのだという。
人それぞれ、その時の立場やつらさによって
心にしみる部分が違うそうだ。

この本はあまりにも有名だけれど、
まだ読んだことがなかったので無性に読みたくなった。

読んだ後で私の心に響いた箇所は
「きみの悲しみが消えたとき(悲しみはいつか消えるからね)、
 きみはぼくと会ったことがあるというだけで満足するはずだ」

ハムハムぼうやを失った悲しみがいつか消えて、
私にもそう思える時がくるだろうか。

☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆゚・*:.。.☆゚・*:.。.☆.。.:*・゚☆.。.:*・゚☆゚・*:.。.☆.。.:

先日、私の実家のお墓にお参りに行ってきました。
(実家に帰るたびに手はあわせてきますが…今回はお供えも)
ハムハムぼうやのお気に入りはゆでたサトイモ。
埋めた時にお供えしてあげられなかったので、
一周忌には供えてあげたいと思い、持っていきました。
母がいつもお墓に花を供えてくれるのですが
「サトイモが好きなの!?だったらこれからはお母さんがあげとくから」
と言ってくれました。
ダンナが心配していたお墓に埋めてあげたひまわりのタネ…
結局、発芽しませんでした(笑)
リスのピック…どんぐりを持つ手が似てるからハムスターの代わりに。
h10

今でもハムハムぼうやの写真があちこちに飾ってあります。
これはマンションの玄関。ウエルカムボードの横。
ハムハムぼうやが寂しくないように…
義父が作った木の家と木彫りのふくろう、義母が作った布のふくろう、
北海道で買ってきた木彫りの鹿、テン、モモンガなどに囲まれて。
P1050237.jpg

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ハムハムぼうやと鏡もち
2008年01月04日 (金) | 編集 |
「新年のあいさつ」にも書いたけど、
さっそくハムスターの写真を載せちゃうことにします。
この写真は子年のお正月にピッタリなので(笑)

毛のある動物は苦手な人が多いと思うので、
写真だけでも楽しんでもらえるとうれしいな。

2004年11月7日に一匹のオスのゴールデンハムスターが
私のうちにやってきました。

目の中に入れても痛くないほどかわいがっていましたが、
昨年2月21日にお星様になりました。

名前を「ハムハムぼうや」といいます。
友達がうちに遊びに来た時に「名前は!?」と訊かれ、
「ハムハムぼうやだよ」と言ったら「名前、長いね…」と(汗)

確かに呼ぶ時は長くて呼びにくいから
「ハムち」とか「ハムハム」とか呼んでましたけどね(笑)

爪を切ってもらいに動物病院に行った時、
名前を記入する欄があって、
さすがに「ハムハムぼうや」と書くのは恥ずかしくて…
「ハムち」と書いたら、診察券に「○○ハムちちゃん」(○○は私の苗字)
と記入されていて、なんだかほほえましかったです(笑)
 
これは昨年の元旦に撮った写真。
一年前の真空パックの鏡もちが食器棚の隅に転がっていたので…
捨てるのももったいないし、食べるのは無理でも
ハムハムぼうやのストレス解消に役立つのでは!?と。
(歯がのびると痒くなるらしいから、かじるのにいいかな~なんて。笑)

今年はネズミの代わりにハムスターの年賀ハガキも多かったですね。
うちも、もちろん使いました~。

下の写真を使ったのですが、
鏡もちといっしょにうつってるハムスターなんて、
ほんと年賀状にピッタリ!!
(ただ…今、ここに存在していないというのが悲しいんですけどね…涙)


不思議そうにつっつくハムハムぼうや…
h5.jpg

ついにハムハムぼうやの反撃~っ
h3.jpg

無残…ボロボロになった鏡もち…
h4.jpg

食べる気もないのに(たぶん) かじってはほお袋に入れ、
せっせとお皿に運んでいるハムハムぼうやでした(笑)

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