脱ステ前後、克服後の写真を公開!アトピー、中度難聴、不妊治療後に思うこと。水オタクな私~湯治のこと。見合いサイトで30人目に夫をゲット。自作の樹脂粘土アクセサリー掲載(テレビ雑誌で採用経験有)。ハムスター、オカヤドカリ
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私が湯治を始めたワケ
2007年12月04日 (火) | 編集 |
とうとう12月に入ってしまいましたね。
湯治のことが知りたいから教えてほしいと言われてから
ずいぶん時間がたってしまいました(汗)

まだあちこち中途半端になってるところがあるけど、
(それはまた後で書き足すことにして。汗)
今年中には書きはじめなきゃな~と思い…
とにかく湯治のことを書いていこうと思います。

湯治情報を書く前に…私の湯治を始めた時のことを書きますね。

私が脱ステを決心したのは、
会社の同期の女性から宅配温泉のオムバスの本
(リバウンド時のひどい状態と良くなった写真が
 ずらっと載ってるヤツ…)を渡されたのがきっかけでした。

大学を卒業して働いていた会社には、
有給休暇を5日続けてとれるリフレッシュ休暇を
一年に一度だけとってもいいという制度があり、
毎年私は海外旅行を楽しんでいました。

26才の時に会社の同期の女性とバリ島に行く計画をたてたのですが…
彼女がステロイドを中止してアトピーが悪化し、
結局、旅行はキャンセルになりました。
(それで他の友達とモルディブに行ったんだけど。笑)

彼女が会社を辞める時に渡されたのがそのオムバスの本でした。
これを読んで脱ステ開始した人はけっこういるみたいですね…
(私は見てないけど、1992年に放映されたテレビ朝日
「ニュースステーション」の特集を見て脱ステした人もいるようですが…)

その同期の女性は薬を使っていても色素沈着がひどく、
「私はそんなにひどくないから3ヵ月ぐらいで大丈夫だろう」
なんて勝手に考えてました(笑)

その時につきあっていた前カレに、
「ステロイドを止めたいから3ヵ月時間が欲しいんだけど。
 結婚前か結婚後かどっちがいい!?」
と訊いたところ…どちらでもいいというので結婚前に止めようと決心し、
脱ステしたんですよね。
実際に止めてみたらものすごいことになってしまい、
3ヵ月どころじゃすまなかったんだけど…

その当時の部長が「バカな子ほどかわいい」って(笑)
私のことをかわいがってくれてて、とても親身になってくれたんですよね。

オムバスっていうと、その頃聞いてたのは、
「半年で150万円かかる、家が破産する」って(笑)

でも私もひどい状態になってわらをもつかむ状態だったので、
他に何かを調べられる余裕もなく、お金がかかっても
オムバスでやるしかないのかな…と思っていたところに、
部長が湯治場に連れて行ってくれたんです。
それも仕事中に(部長権限!?。笑)

その湯治場まで連れてってもらい、
「どうだ。ここでやってみるか!?」
「ハイ、ここでやってみます」
即答でした(笑)

家にひきこもって狭いお風呂の中で何時間も座っているより、
緑の多い自然に囲まれた湯治場で療養する方が、
私にとってはなんだか救われる思いがしたのでした。
そんなわけであれよあれよという間に湯治することになってました。

部長が仕事のこともいいように計らってくれて、
湯治場に行った次の日にとりあえず引継ぎをして、
その翌日からすぐに休職に入りました。27才の8月末のことです。
休職したその日からダラダラと汁が噴き出したのは
すごいタイミングだったなあ…と今でも思い出します。
(あの状態に入ってからでは引継ぎもできなかっただろうから)

休職してるのだから早く治さなければ…と思い、
一週間泊り込み、一週間実家に戻り、また一週間泊り込み…
という感じで湯治をしていました。

部長は休職中2回も湯治場までお見舞いに来てくれて、
ボロボロの顔にも目を背けずに、
私が目が白内障になってしまってショックを受けている時にも
真剣に心配してくれました。
(同僚も2人泊まりに来てくれたのに…前カレは一度も来ませんでした)

半年で良くなったのでもうそろそろ…と思っていたら、
部長が「いっぱいいっぱいまで休め」と言ってくれて、
そのまま休むことに(9ヵ月以上休職すると退職になる)。

そうそう、この時、
湯治場に泊まっていたおばあちゃんと仲良くなったのです。
その人がそこから車で20分ほどのところに住んでいたので、
「私は主人も死んじゃって一人暮らしだし…
 ウチに泊まればいいよ。私はタクシー代が助かるし、
 きららんちゃんは宿代が助かるでしょ!?」
と言われて居候することに。今思うと、温泉で隣に泊まったよしみだけで
何ヶ月も居候させてもらえるのもスゴイことだったのかも…
なんて思いますが(笑)

9ヵ月休職して会社に戻ったらたった2週間でみるみる悪化。
退職の時のことは、
その後、心に影を落とすような悔しく悲しかった出来事の一つでした…
(またいつか書くかも)

28才の時に6月末付けで退職。退職金で敷金礼金を支払い、
7月10日には湯治場近くのアパートに引っ越してました。
(私って、やるって決めた後が早いかも…。笑)

湯治場で金額は違いますが(その当時)、
日帰りだと1回300円~1000円ぐらいで
泊まると約7000円~10000円ちょいぐらいってとこ。
(長期療養の割引や素泊まりならもっと安くなったかも…)

会社に行かなければ実家にいる必要もなくなったわけで…
アパートを借りて湯治場に通った方が安いと思ったんですよね。
アパートは畳の2部屋で3万円というところもあったけど、
「アトピーの療養だったらフローリングの方がいいんじゃないの!?」
と不動産屋の人に勧められて44000円の部屋にしました。
(8畳のワンルーム、駐車場込み)

でも転地療養してるのなんて私ぐらいだったかな(笑)
私はひどい時には毎日通ってましたが、
だんだん良くなってくると週4回ぐらいになり…
最後のあたりは週に1~2回ってところ。
日帰りで来ていた人は近くの人は毎日来ていたし、
遠い人は週1回ぐらいで良くなってくると月に1~2回とか…。
日帰りが無理な人は月に何泊かするような感じかな。

あ、でも、他にも、関東の人でアパート借りて、
現地の役場かどこかでパートしながら湯治をしている…
なんて女性もいたし。
同じく関東の男性で、湯治場近くのアパートを借りて、
平日は仕事をして週末は湯治をする…なんてパワフルな人も(笑)
(もちろん、仕事はある程度ひどい時期を乗り越えてから)

私の場合、前カレのことがずっとトラウマになっていて、
顔がひどいと結婚できない…という思いにとらわれていたので、
今思えば、私があれだけ頑張れたのも、
「良くなって絶対結婚してやる」
っていう気持ちがあったからかも(笑)

最初は一年ぐらいで帰るつもりでいたのだけど(両親もそのつもりで…)
私にとっては「結婚」が最終目的だったから…

良くなってきたら良くなってきたで、
結婚相手を探すまでは悪化することはできない…と。
それで相手が見つかったら見つかったで、
結婚式までに悪化したら困る…なんて思っちゃって(笑)
結局、結婚式まで一ヶ月を切った頃、
36才の11月にようやく実家に戻りました。

顔がひどくなった時のショックは並大抵のものではなく、
温泉に行かなくなったら悪化するんじゃないかという不安があって、
戻るのが怖くなってたんですよね…

でも、結局、結婚してから悪化もなく今に至っているので、
(結婚して半年した頃、手の甲にプツプツができて焦ったけど
 温泉に1回行ったらひいちゃったし…)
もっと早く実家に戻って、ゆっくり両親と過ごす時間を持てばよかった…
と今になってちょっと後悔してます。
妊娠しなかったから里帰りも結局できなかったし…(泣)

転地療養はやっぱりある程度頼れるお金があったからできたかも…
とも思います。
5年間働いて男性と同じ給料をもらい貯金があったこと、
失業手当を3ヵ月、また、一年半に渡って
傷病手当金(←これについてはまた後に書きますね)を
受け取ることができたこと。
そういうことも私の気持ちの後押しをしたのだと思います。

うちの父親は、まさに昭和一ケタ生まれという頭の固さを持つ人。
一度ダメと言われると二度とできなくなくなってしまうんです。
だからいつも父親に話して禁じられるのを恐れて、
内緒で事を起こすことになってしまうのだけど…
(もちろん沖縄も…2回とも内緒で行きました。汗)
転地療養も反対されると思っていたので、
最初は家出をする覚悟でした(笑)

リサイクルショップで電化製品を物色したり…とか、
不動産屋をまわったりとか、初めは内緒で行動していたのだけど、
いざ、話してみたら、あっさり許してくれて拍子抜け。

結局、電化製品一式は母親が買ってくれて、
父親は家賃を援助してくれたり…
両親には世話になってばかりでした(汗)

休職中に湯治場で出会って親しくなったIさん親子には、
湯治場近くの不動産屋を教えてもらったり等お世話になりました。
(娘さんが私の6才下)

温泉に来ていたグループの人達が
「日本海の方で宿屋をしているから遊びにおいで」
と誘ってくれたので、Iさん達と高速道路を使って
はるばる福井まで出かけていったことも。
おじちゃんは寿司屋でお昼をおごってくれたし、
おばちゃんは民宿に泊まらせてくれて(もちろんタダで)、
新鮮な刺身とあわびの踊り食いをごちそうしてくれました。

生きていく中で分岐点っていうものがいくつかあると思うのですが、
もしあの時、部長に湯治場に連れていかれなかったら、
また全然別の人生を歩んでいたと思うんです。

一人で知らない土地へ行き、いろんな人達に出会い…
ボロボロのひどい顔でも優しく接してくれる人がいっぱいいました。
(アトピーでない若い人とは目があわせられなかったけど、
 おじちゃんおばちゃんなら話せたんですよね。笑)

もちろん、つらい経験も数え切れないほどあったけど、
それ以上に人との出会いに助けられ、
心に残るような出来事がたくさんありました。
脱ステしてから結婚するまで…私はずっと一人旅をしていたかのような、
そんな錯覚さえおきるほどです。
(なんかちょっとあちこち脱線しましたね…汗)

今日は久々の長文でちょっと疲れたので…
ポチッとしてもらえるとうれしくて肩コリとれるかも~(笑)
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テーマ:アトピー性皮膚炎
ジャンル:心と身体
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