脱ステ前後、克服後の写真を公開!アトピー、中度難聴、不妊治療後に思うこと。水オタクな私~湯治のこと。見合いサイトで30人目に夫をゲット。自作の樹脂粘土アクセサリー掲載(テレビ雑誌で採用経験有)。ハムスター、オカヤドカリ
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ダンナと私の波乱万丈な日々
2007年11月11日 (日) | 編集 |
ダンナは転職活動中に心療内科に通っていたことがあります。
でも、前の会社のかかりつけ医だったため、
カウンセリングなんて全然ナシ、薬だけ渡されたそうです。

うちのダンナは胃にくるタイプで、食欲はあったけど、
いつもおなかが痛くてトイレに行っても出ないって感じでした。
その時期のダンナは、
病院でもらった薬を飲まなければ眠れませんでした。

転職活動をしていた時期は将来の展望がまったく見えず、
子作りが考えられなかったのも
そういう状態だったからというのもあります。

ダンナは私と出会ってから2回転職してるんですよね。
40才まで一度もしてないのに「なぜその時に!?」って感じ(笑)

一度目は結婚前。
製品に不具合が出て、ダンナが悪いわけではないのに、
その時のリーダーがダンナだったため、
責任をとって辞めさせられるような状態に。

その時にまだ私とは出会ったばかり。
海のものとも山のものともつかない状態だったので、
退職することによって私とダメになるかも…と
打ち明ける時にはドキドキしたらしい。
(私は私で耳のことを告白したらダメになるかも…
 とこの時ドキドキしていた。笑)

プーではうちの親にあいさつすることもできないので
あの時はちょっとあせって探したのですが。
(そのくせ勤め始めたら行けないし…と職が決まる前に
 北海道旅行に行ってしまった。笑)

一度目に転職した会社はボーナスもスズメの涙で将来的にも不安定、
転勤でいつ引っ越すかわからないような状態も落ち着かなくて。
「ここは長く働くところではない」とわかったため、
2度目の転職活動。

正社員で探すならよりどりみどりの状態は35才まで。
その次が40才(かなり少ない)。
45才が最終期限って感じ(ほとんどない)。

ダンナはその時43~44才。
30社以上応募して、一年半、転職活動してやっと決まりました。
働きながら探していたので大変だったと思います。
理系の大学だったから推薦ですんなり就職した人なので、
このトシになって初めての就職活動で慣れないのもあったと思うし…。

「私なんて30人以上の人とメールのやりとりして、
 16人目に会った人(ダンナ)とやっと結婚が決まったんだよ。
 だからまだまだだよ」
なんて、妙な励まし方をしてました(笑)

前の会社では人間関係もあまりいい状態ではありませんでした。
そのうえ、私が不妊治療の時に40才であせったのと同様、
ダンナも45才までに決めないとマズイという焦燥感や
将来に向けての不安がダンナの心を疲労させ、
どんどん不安定な精神状態に…。
この時期に心療内科に通ってました。
こういうのって、いっしょにいる方もしんどいんですよね。

一年ほど探した時点で、小さい会社だったけど
「のどから手が出るほど欲しいです」
と面接で言われて
「やった~!これでもう決まりだ~!!」
と喜んでいたところに、
「やっぱり年が…あと5才若ければ…」
と連絡がきて、ダンナはショックで風邪を引いて熱を出して寝込み、
会社を4日も休んでしまいました。
今は体調を崩して休んだとしても1日だけだし、
後にも先にもあんなに休んだのはあの時だけですね。

不妊治療もそうだけど、
期待するとよけいにダメだった時の落ち込みも激しく、
やっと…と喜んだ途端に落とされたので。
それにしてもトシなんて…最初からわかってたことだったのに(怒)

でも、たいていの場合、書類選考で年齢のために落とされ、
がんばろうと思っても面接までたどりつけなければ
がんばりようもない…そんな状態でした。

そうこうするうちに、関東への転勤か辞めるかを選択させられ…
引っ越したら中部で探すのも難しくなるし、
その会社に一生勤めるつもりならまだしも…
そうでないのに引っ越しも大変だしと、
結局辞めなければならない状態に陥りました。

あの時が2人とも精神的に一番つらかったかも。

一年半探して見つからなかったのに、
プーになって失業保険で食いつないで、
あとどれだけ探せば見つかるんだろうか…
と考えたら目の前が真っ暗になりました。
(この時は手っ取り早くお金にするなら私も外で働かなきゃと思い、
 耳のハンディがあってもできることって何だろう…って
 考えたりもしました。)

会社の借り上げ社宅だったので
「ウチを辞めたならすぐ出てってくれ」と言われ…
青くなって不動産屋に聞いてみたら、
会社名義から個人契約の切り替えをすればこのまま住めるとわかり、
個人契約をすることに。
借り上げ社宅の時には会社で負担してくれる分が何割かあったのが
個人契約になることで全額負担になったのも痛かった。
家賃と車2台分の駐車場代は私の療養時の田舎のアパート代なんて
比較にならないほど高かったから。

でもね…知ってますか!?
無職だと、新たに賃貸でマンションを借りようと思っても
借りられないんです。
たとえ、家賃を払える貯金があっても。これにはまいりました。

そうこうしているうちにたまたまその時にトライしていた会社から
内定の連絡が来て、
紙一重で引き続きここに住んでいられることになりました。

でもまたまたそこでゴタゴタがあり…
親がもう定年で働いていないので、
65才以上は連帯保証人にはなれないと言われたのです。

その連帯保証人の印鑑が実印でなければならず、
ダンナのお義兄さんに頼んだら、
「そんなので実印が必要なはずがない。実印だったらイヤだ」
と言われてしまい…

義兄は賃貸を借りた経験がなく、また、すでに家を建てているので
私達に保証人を頼むこともないから。
お互いに保証人をやりあえれば問題ないのでしょうが…。

私が療養中、無職でアパートを借りられたのも、
親がまだ働いていて、親の扶養だからってことで借りられたんですね。
知らず知らずのうちに親から守られていたんだなあって
この時初めて思い知った感じでした。

もうトシだしローンを組んでまでして家を建てようとは思わないけど、
もしそれをやろうとしても
私達には保証人になってくれる人がいないってことかも…
賃貸でさえ嫌がられたのに、お金を借りるなんて絶対無理だから(笑)

不動産屋に勤めていた友達に聞いたところ、
「保証人の実印、この地方ではまだ必要な不動産屋が多いみたい。
 理由は『不動産屋は契約者とは会うけれど、
 保証人とは直接会わないからどんな人かわからないので、
 公的なものを提出してもらう』ってこと。
 印鑑証明も提出するから、それと実印を照合するの。
 結局は家賃滞納したとき、契約者は逃げれても、
 保証人は支払い義務から逃げるすべはなく、
 支払い能力を問われるのは、むしろ保証人のほう。
 正社員で働いていて結婚している親族〔三親等まで〕なら通るはず。
 もしくはお金を払い保証協会のようなものを利用する手もあるけど」
と教えてくれました。

どうしてもダメなら私の方の身内にあたってみるつもりでしたが、
結局、義兄に一生懸命頼み込んで説得して実印を押してもらいました。

あの時はすべてが綱渡り状態で、
内定が出るのが一週間遅かったらマンションも追い出されたわけで。
(内定の通知が届くのを不動産屋に待ってもらい、それを提出した)

あの時あのタイミングの絶妙さが
なんだかドラマの一幕のようでした(笑)

結婚もそうだけど、
就職も縁とタイミングみたいなところがありますね。
ちょうど景気が回復しはじめたところで、
会社の方も人が欲しい時期だったこともあったし。
(もしその一年前だったら無理だったかも…)

ダンナはネットの方で募集していたものに応募したようなので
面接を受けた人も少人数だったらしいのですが、
内定の電話があった次の日に新聞の広告に募集が入っていて、
びっくりしました。
その時には大勢の応募があったようです。

その募集で入った人から、ダンナがたまたま話を聞く機会があって…
「八十何番だった」とその人が言っていたらしい。
(ということは100人ぐらいは受けたのかしら…汗)
35才の人だったのですが、「もっと若ければねえ」と面接で言われ、
落とされたと思っていたら受かっていたと。

ダンナがその募集の時に応募してたら…と思ったら
ゾッとしました(滝汗)
ピチピチの若い子達に勝てるとはとても思えないので。

そんなこんなで、就職が決まってすぐにまた北海道旅行の予定をたてて
2度目の北海道へ(笑)

一度目は結婚式を控えていたので焼けるとまずいと思い、北海道に。
2度目は沖縄に行きたかったけど、
「転職活動お疲れ旅行」なのでやっぱりダンナの好きな北海道へ。
2回とも北海道一人旅にハマッてる友達にすぐさま連絡をとり、
情報を仕入れ、宿の予約をしたのでした。

結婚して3ヵ月で2回目の転職活動を始めたので、
新婚生活をゆっくり楽しんでるという感じはなかったなぁ。
(ダンナと出会ってから長期旅行は何度も行く結果になったけど。笑)

とりあえず安定企業に就職することができて将来の心配もなくなり、
やっとお金の心配をしなくてもよくなりました。
(やっと子作りができる状態になったのにすでに遅し。笑)

私と出会った途端にダンナの運命の歯車が回りだした気がして…
どうなることかと思ったけど。
たいていは転職するたびに悪い方へ転がっていくことが多いらしいけど、
最終的に今までで一番いい会社に勤めることができ、ホッとしています。
私がOL時代に採用関係をやっていたこともあり、人事から見た
アドバイスができて少しは役立ったかなぁ~なんて思ってます。
履歴書やアピール文の添削もしたし(笑)
(初めは引っかかりもしなかったのに、
 私が突っ込み始めてから書類選考を通るようになったから…)

不妊治療も終わって自分達の進む方向も決まり、
今が一番生活が落ち着いているのかも!?

あぁ~、ダンナが心療内科に通っていたことを
書こうと思っただけなのに…
ところどころ脱線もして今日は長々と書いてしまいました(汗)

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